yesゲームの行き着く場所 最終章

yesゲーム覚えてる?

 

yesゲームをしていくと、必ずぶつかるテーマがある。

絶対にyesと言えないテーマにぶつかる。

それは、

 

「命」

 

命を奪う事、傷付ける事。

 

これだけはyesって言えない。

どうしても、許されるべきではないって。

 

でもね、今朝ふと思ったんだ。

 

もし、

自分にとってマヂで大切な誰かが人を殺めてしまったとしたら、

私はどう思うだろう・・・

私はどうするだろう・・・

 

縁を切るだろうか?

 

目を合わせないだろうか?

 

今までたくさん助けられてきた事を一瞬にゼロにして、

「私に向けられた無垢な笑顔は偽りだったんじゃないか?」って疑って、

「その人の笑顔に騙された!」って自分を被害者扱いして

自分をカワイソウに扱って、その人がしてくれた全てを、

「あれは演技だったのか」と、

怒りと共に全てを強制終了してしまうだろうか?

 

ご縁があった事を後悔するだろうか?

 

批判する、その他大勢に混じって、

マヂで大切な存在のその人を一生批判していくだろうか?

 

一生かけて、

私の人生からその人の記憶を消す努力をするだろうか?

 

いや・・・

 

私はそれでも信じていると思う。

 

時間は多少かかるかもしれないけれど、

世間に何を言われても、

近所から白い目で見られようとも、

最終的にはそのマヂで大切な人を「yes」と言って

抱きしめるんじゃないかな・・。

 

 

地球上の誰もが、誰かにとってはマヂで大切な人なんだよね。

 

その先の可能性を信じる。

その先の物語を信じる。

その人を信じる。

 

それはつまりね、

 

自分を信じる事に繋がるんだょ。

 

何かや誰かに敵意を燃やして

「ぜってぇ赦せない!」

という気持ちを持っていると、人は何かの形で戦うんだよ。

 

「アイツとアタイは違うんだ!」って境界線を引くんだよ。

 

「こっちの陣地に入って来るな!」って相手を受け入れる事を

拒否し続けるんだよ。

 

そして、

「あの人は嫌だ、この人とは合わないから避けよう」

とか境界線をバンバン引き続けているうちに、

気付けば自分が孤独になってるんだよ。

 

境界線を引き続けた結果、離れ小島にポツンといることに

ある時気付くんだよ。

 

 

心の中で戦い続ける

言葉で戦い続ける

行動で戦い続けるんだよ。

 

それを、その人を赦せるまでそれは続くんだよ。

 

死ぬまでにそれを赦せなかったら、

一生戦闘モードで生きる事になるんだよ。

 

それは、今まで嫌ぁぁぁぁと言うほど見てきた私の世界。

25日くらい前に、どうしても抜け出したいと思った場所。

 

「ぜってぇ赦さない!」

 

これが私にある限り、ここから抜け出す事はないと思うの。

 

全てにyesと思っていると、

必ず自分のココロがザワッとする事がある。

 

「自分は絶対にそうしない」と思うことを

誰かがやるとザワッとする。

 

でも、yesと思うことにする。

 

それってね、

 

その事に賛成しなさい・・・ではない。

賛同する事でもない。

マネしなさい・・・でもない。

そうあるべきだ・・・でもない。

自分もそうしてもいい・・・じゃぁない。

 

yesって思う事はね、

 

「君はそうなんだね」

 

って思う事だよ。

否定しないってことなんだよ。

ただ「へぇ・・君はそうなんだね」って見守る。

 

 

・・・

 

そうか、そうだったのか・・・。

 

そう思ったら、全てにyesと言えそうな気がしてきたょ。

 

yesゲーム、始めてから長かったけど、ここで繋がった!!!

 

このyesゲームをクリア出来たら、

超オモシロイ次のゲームが出てきそうな予感・・・。