始まる設定と終わりの設定があるとしたら?

ふと思ったんだ。

 

生まれる国、場所、親、日にち、時間を決めて

私が生まれてきたとするならば、

この世を去る時にいる場所も日時も年齢も決めて

私は生まれて来たんじゃないか?

 

ってね・・。

 

人は誰でもいつかこの世を去るよね。

 

その去り方は十人十色。

 

その一つに事故があり、

その一つに病気があり、

その一つに殺人があり、

その一つに戦争があり、

その一つに老衰があり、

その一つに天災があり、

その一つに自殺がある。

 

もし、私が誰かの死を

「かわいそうな去り方だった」って思ったら、

その人は「かわいそうな去り方をした人」

になってしまう。

 

もし、私が一見

「かわいそうな年齢」で「かわいそうな死」で

この世を去ったとしたら、私はみんなに

「かわいそうな人」「かわいそうな人生」と

思われたいだろうか・・・

 

ううん、違う。

 

私はかわいそうじゃない。

私の人生はかわいそうじゃない。

どんな去り方をしようとも、

私はかわいそうじゃない。

 

去り方を決めて生まれてきているとするならば、

私が一番去りたかった方法でこの世を去るはずだ!

 

私は思うの。

 

可哀そうと思われる去り方、

衝撃的な去り方の人は、

きっと、自分の命のかわりに

「想いの詰まったメッセージ」を残していくんだ。

 

 

生きているみんなにメッセージを伝えたくて、

生きているみんなに知って欲しくて、

生きているみんなに気付いて欲しくて、

その去り方を選んだんだと思いたいな・・・。

 

だから、

その人が伝えたかったそのメッセージを

私は自分なりに考えたい。

 

で、

「かわいそうな去り方だった・・・」

ではなくて、

「このメッセージ、確かに受け取ったよ。ありがとう・・・」

って思いたいな・・・。

 

私の去り方も、もう決まっているとしたら、

いつかは必ずこの世を去る事が決まっているのならば、

その時まで楽しく生きるんだ♪