「ありのままの自分」からの「鏡」のハナシ

よく、「ありのままの自分」って言うじゃない?

 

あれね、

キレイで美しくて、

汚れていない自分の事じゃないと思うよ。

 

出来ない今の自分だったり、

踏ん切り付かない今の自分だったり、

一歩踏み出したばかりの自分だったり、

落ち込んだ自分だったり・・・。

楽しんでいる自分だったり・・・。

 

「今の自分」が、

「ありのままの自分」なんだと思う。

 

料理が面倒なワタシ。

ダイエットが続かないワタシ。

他人と自分を比べてしまうワタシ。

優位に立っていたいと思うワタシ。

災難は私以外に・・・と思うワタシ。

 

そういうのも、

「今のありのままの自分」だよね?

 

「ありのままの自分」って、

目指すものじゃないと思うよ。

今の自分そのものが、ありのまま。

それを認める事じゃないかなぁ?

 

でね、

よく、「周りは自分の鏡」って言うけれど、

ワタシもそう思ってる。

 

だから、

「災難は自分以外に・・・」

って思うなら、

「災難は、自分に来てください」

って思うことと一緒。

 

鏡で跳ね返ってくるからね。

 

だから、

 

だから、みんな自分なの。

 

「自分」と「他人」を作るから、

また2極の世界になっちゃうの。

 

「自分」を正当化しようと思うと、

「正当化しなきゃいけない人」が出てくる。

 

そうすると、今と同じ。

 

人を、どうにかコントロールしようと思うと

そのうち自分がきつくなる。

「なんで分かってくれないんだぁぁぁぁ」ってね。

 

そりゃそうだよ。

「自分が自分をコントロールしようとしている」んだもん。

お互いコントロールしようとしているから、

ニッチもサッチもいかないハズ。

 

または、

「自分の考えを諦めて、それに従う」か・・・。

これもきついよね・・・。

 

 

そう意識するとね、

誰かに、

「悪口」いうのも、私が私に言っている事になるしぃ。

「イジワル」するのも、私が私にしている事になるしぃ。

「だます」のも、自分が自分をだましている事になるしぃ。

「おとしいれる」もそう。

「足をひっぱる」もそう。

「比較」もそう。

「強制する」もそう。

「笑う」もそう。私が私に微笑んでいる事になる。

「おすそわけ」もそう。

「応援」もそう。

 

 

そう、

「みぃんな自分」だと思えば、

また違った世界がのぞけるよ。

 

そう考えると、生き方がチョビット変わってこない?

 

私はね、

そう考えるだけで、

 

ほんわか優しい顔になれるんだ♪