無と有はいつも一緒♪

今日はネット環境が、☆×※◆♪Д★・・・でした。

 

昨日、私の後ろは「無」だと思う・・・って書いたけど、

ふとね、「透明」を思い出したんだ。

 

「光」は、透明だよね?

何にも無いように見える。

 

でも、光ってさぁ、

虹になると一度に7色も見ることができる。

透明って、見方によってはゼロにも100(全て)にもなる。

 

で、思ったんだけど、私が思っている「無(ゼロ)」も、

実は、同時に「有(全て)」も併せ持っているんじゃない?

ってことに気付いたんだ。

ゼロでもあるし、100でもある。

 

何もないようだけど、全部ある。

矛盾しているように見えるところが面白いね♪

 

「あれも無い、これも無い。無いよ、無いよぉ」

とも考えられるけれど、

「あれもこれも、有るんだ」

と考える事も出来る。

 

考え方ひとつで、

自分がいる世界は真逆になる。

 

みんなは、どっちで考えたい?

 

私はね、どうせなら、

どうせ一日を過ごすなら、

 

住むところがある。

食べ物がある。

水がある。

洋服が着られる。

車がある。

景色が見られる。

呼吸ができる。

歩ける。

朝、目覚める事ができる。

 

「なんだ、私にもあるじゃん♪」

って思いたいな♪

 

みんな、あるんだよ。

 

「ある」から、探してみてね♪

 

それと、もう一つ。

 

目で見えるものは架空っていうやつ。

 

目で見える私は、架空で良い。

目で見える私以外も、架空で良い。

 

逆立ちしてもそう思っちゃうんだから、

もう、しゃぁない!

 

だから、

「目で見えるものは架空だからこそ、

 本当のどこかではいつも一緒なんだ。

 私の知らないどこかでは、みんないっつも一緒なんだ。

 本当の私は架空じゃない。だって実際ココにいるから。」

って思う事にした。

 

だから、もう寂しくない。

だから、もう悩まない。

だから、もう気にしない。

 

この考えがあっているか、間違っているかなんて、

追及はしない。

 

「私の知らないどこか」なんて、知らない。

見た事も行った事もない。

 

でも、

そう思う事で私の余命が活きてくる。

そう思う事で、私は元気になる。

その考えが、一番すんなり納得がいく。

 

「生まれた私たちは、毎日余命を生きているんだ」

と教えてくれた友がいた。

 

自分の余命が、あとどれくらいなのか、知らない。

「明日じゃない」

って、言いきれない。

 

だからこそ、精一杯楽しむ♪

どこかで写真を撮られているであろう「今」を過ごし切る。

 

と同時に、

「明日は、今日よりも、どんどんステキになっていく」

という、希望に満ち溢れた確信も持っている。

 

では、

また、

明日・・・。