私は「かわいそう」って思わないょ。

先日、家族で外食に出掛けた。

話が盛り上がって、笑っていた時、

主人が言ったんだ。

「幸せな所を周りの人に見せたら可哀そうだよ」

って。

 

店内には、

もしかしたら、今悩んでいる人がいるかもしれない。

ショックで悲しんでいるかもしれない。

絶望の淵にいる人がいるかもしれない。

家族に会いたいと思っている人がいるかも知れない。

 

その方が私たちを見たら、

もっと落ち込んじゃうかも知れない。

うらやましがって、ねたむかもしれない。

 

うん、わかるよ。

優しい感じの気持ち、わかるよ。

 

でもね、

私、どんな人でも「かわいそうな人」って思わないの。

 

「あの人はかわいそう」と思う事が失礼だと思うし、

何か違うと思う。

だから、正直に主人にそう伝えたんだ。

そしたら、主人も納得してくれたので良かった。

 

私が、誰かを可哀そうだと思って何かしてしまうと、

その人は本当は可哀そうじゃないけれど、

可哀そうな人になってしまうんだ。

 

自分が、その人に「可哀そうラベル」を貼ってしまうんだ。

 

もし、

「私を可哀そうだと思ってよ!」とか、

「可哀そうって思わないなんて冷たい人!」とか、

「私って、こんなに可哀そうなんだから!」って思うならば、

妖怪かわいそうが住んでいるかも・・・ね。

 

もし妖怪に気づいたら、思い出してごらんよ。

 

小さかった、あの頃を。

 

何歳でもいいよ。

 

思い出した時の年齢でいいよ。

 

何してるところを思い出した?

楽しんでる?

暗い顔してる?

何でもいいよ。

声をかけるとしたら、どんな言葉をかけてあげたい?

小さな自分からは、どんな言葉をもらえると思う?

 

小さい時は、どんな子だった?

どんな事が好きだった?

 

思った事、感じた事、そのまま受け止めてみてね。

 

小さなころの自分と、会話が出来たらいいなぁ。

どんな会話になるんだろうね。

 

怒られちゃうかな?

笑って、「今まで、よく頑張ってきたね」って

言ってくれるかな?

 

逆に、なんて言ってあげたいかな?

 

会話が終わった時、

大人の自分も、子供の自分も笑っていたいね♪

 

良かったらやってみてね。

 

それに、

なぜ悩みが尽きないのか?

なぜ望んでいない出来事が起こるのか?

 

前回の記事だったら、

なぜ目が食べ物を探し続けてしまうのか?

なぜ食べ物に異常な執着をしちゃうのか?

どうして数十年も同じ状態で改善しないのか?

本当は、何が苦しいのか?

 

私は、こう思うよ。

その人に必要なことが起こるんだって。

 

そう信じて、それを知っていれば、

少しずつかもしれないけれど、

時間はかかるかもしれないけれど、

その事と向き合えるはず。

自分と向き合えるはず。

 

自分と向き合うタイミングってある。

しかも、向き合う時って辛い時が多い。

 

少しずつ、焦らず、深呼吸してみよう。

 

このピンチをどうとらえるのかは、

人それぞれだけど、

「ピンチはチャンス!」って

受け止められたなら、

きっと、今までと違った解決策が見つかるかもしれないね。