価値観に気づくということ

前回のテストのお話、

もう一度状況を思い浮かべてください。

 

アナタは10歳で、そのテストで95点をとっています。

先生が15点のテストをみんなに見せています。

 

その時、

「先生、やめて!」

「先生、それ間違ってる!」

「先生、それやっちゃ、いけないよ」

 

って思った方、いらっしゃいますか?

 

 

 

では、

 

その時、

あなたは、その心の声を素直に先生に言えますか?

 

 

 

 

 

「言えない」

 

と思った場合、

 

「なぜ言えないのですか?」

 

 

 

だって、

 

「先生が言った事は正しいから」

「先生が言った事は絶対だから」

「先生に逆らっちゃいけないから」

「今後、矛先が私に向いたらどうしよう」

「友達が何も言わないから、私も言わない」

「私が怒られる」

「私の評価が下がる」

   ↓↓

「評価が下がる」の場合って、

今まで自分が頑張ってきたことが水の泡となること?

   ↓↓

先生や親に褒められる為に頑張ってきた勉強が、無駄になる

先生や親に認められるために頑張ってきた「善い行い」が、無駄になる

「こうしなさい」と言われてきたことを頑張ってやってきたのに、

その一言で崩れてしまう

 

から?

 

 

友達には言えるであろう、その言葉を、

先生には言えない方、多いと思います。

私も、そうです。

 

では、場所を「教室」から、

「企業」に変えてみましょうか。

 

先生が上司や役職の方だとしたら?

 

 自分の意見を素直に言えますか?

 

 

 

 

今回のケースのように、

子どもの時に思い込んだ価値観は、

大人になっても体験していくって、

こういう事なんです。

 

そして思う。

「あっ、またこれか・・・」って。

 

その度に、子供の頃から味わってきた

沈む気持を思い出す。

 

歯がゆい思いと共に、

自分を責めることも、あるかもしれない。

 

「どうして言えないんだ」

「私は、ダメなやつなんだ」

 

 

自分がダメなんて・・・、

 

そんなことは、

 

絶対に

 

ないのにね・・・。

 

自分で

 

自分を

 

何十年も

 

責め続ける・・・。

 

それはとっても

 

辛い事・・・。

 

 

でも、どうせ辛いなら、

それをじっくり味わってみるといい

 

悔しい時、

それをじっくり味わってみるといい

 

考えて解決すると思ったなら、

とことん考えてみるといい

 

それで解決するなら、それでいい。

 

でも・・・、

 

もがいても、

 

もがいても、

 

それでも、

 

どうしても、

 

どうにもならない場合、

 

つぶやく言葉があったよね。

 

「知ったこっちゃぁない」

 

「どうにでもなれ!」

って。

 

そう・・・

 

何もしない

 

波に揺られるがごとく

 

川に流されるがごとく

 

力を抜いて

 

諦めてみる

 

押してダメなら

引いてみる

 

もがいてダメなら、

もがくのをやめてみる

 

それも、やりかたの一つ。

 

私は思うのです。

 

大切なのは、まず、

「自分の価値観に気づく」ということ。

 

自分の目の前にある、

何十、何百もの種類がある

「価値観」のドアを見つける・・・ということ。

 

私もね、

価値観に気づいても、

行動に起こせないでいること、たくさんある。

(今回の場合の行動は、「自分の気持ちを言う」だね)

 

それが出来なくて、自分を歯がゆく思う事なんて、

山ほどある。

 

でも、それから逃げる事はしないって、

決めたんだ。

自分の価値は、自分で下げないって、

決めたんだ。

 

だって、「自分の価値観」の中で生きているって、

すごく辛いと思ったから。

 

私は、

価値観が一つ崩れると、

一つ分、ココロが軽くなりました。

 

そしたらね、

とっても嬉しかったし、

生きやすくなった。

 

だから、この事を、みんなに伝えようって思った。

 

だから、

こうして発信してるんだ。

 

でもね、

発信しているからと言って、

強要しているんじゃないよ。

 

これが正しいとも言わないし、思わない。

これが間違っているとも言わないし、思わない。

 

自分が思った事を、

ただ、ブログを書いているだけ。

 

誰かが、このブログを

参考にしても良いし、しなくてもいい。

読んでも良いし、読まなくてもいい。

 

私はただ、ブログを書いているだけ。

 

「無責任」て思うかもしれないけれど、

私は、確かに誰かの責任はとれない。

 

そういう意味では、無責任だね。

 

私ね、

自分の責任は、

自分でしかとれないと思っているよ。

 

自分が変わるも、変わらないも

変わりたいと思うのも、思わないのも、

全部自分で決めるんだよ。

 

だから、そういう意味で、

自分の責任は自分でとるんだよ。

 

誰かのせいにしてしまえば、

簡単で、楽だけど、

それって、

 

ただ自分から逃げているだけだと思う。

怖いから逃げたくなる気持ちも分かるけどね。

 

私もね、怖い気持ち、あるよ。

「自分の素直な気持ちを言ってみる」のと同じ気持ちの怖さがね。

 

誰かにとっての「その気持ち、わかる。アリだね!」は、

他の誰かにとっては「けしからん!」になる事ってあると思う。

 

でも、

それも、当然だと思ってる。

批判されても、しゃぁない。

 

だって、

「けしからん!」て思う人は、

何かがザワザワするからでしょ?

 

ココロの何かが反応しているからでしょ?

 

それも辛いと思う。

 

 

「けしからん!」て思う人の方が、

その気持ち、わかる。アリだね」と思う人より、

辛くて、悲しいんだと思う。

 

 

そして、

価値観、価値観というけれど、

それを崩して、どこに向かっているのかと言えば、

 

私はね、

 

「私も、みんなも笑顔♪」

 

ってこと。

 

少なくとも、このブログを読んでくれている方や

私の周りの方達には、

いつも、心の底から湧き出る笑顔でいて欲しい。 

 

私の事を「けしからん!」て思う人も、

いつか、その辛さが和らぐといいな。

いつか、一緒に心の底から笑えるといいな。

 

 

あのね、

一つ一つ自分の価値観に気付いて、

勇気振り絞って何か行動を起こして、

その価値観が崩れた時ってね、

 

「悪夢から覚める」とよく似ているよ。

 

なぁんだ、夢だったんだ・・・

なぁんだ、勘違いだったんだ・・・

 

ってね♪